「明日、世界が終わるんならシズネはどうする」


ゲンマからの突拍子も無い質問にシズネは書類を書いていた手を止めた。
目の前にいる男がこのような問いかけをするのは珍しい、
不思議に思いながらもシズネは言葉を捜す。

もし、明日この世が終わってしまうのなら…


「私は綱手さまの隣でいつも通りの業務をするまでです」
「相変わらず真面目なヤツ…」

ふふっとシズネは笑いながら床に寝転がっているゲンマを見やる。
笑うシズネと目が合うと不貞腐れたようなゲンマが床を這いながらシズネへと近付く
にじり寄るその姿が常のゲンマとは違うようで新鮮だ。
近寄ってきたゲンマはシズネの膝に頭を乗せた。
膝に暖かな重みがあり、色素の薄いゲンマの髪筋がシズネの細い指先を通り抜ける。
さらさら指の間を通り抜ける感覚が心地良い。
シズネは自然とゲンマの頭を撫で、それをゲンマは目を閉じて甘受する。



二人とも言葉を発さない。
静かで穏やかな時間が流れる。
窓の外から子どもの楽しげな笑い声、小鳥のさえずる鳴き声、金木犀の甘い匂いが香る。



静かで穏やかで心地良くて、二人っきり。
まるでぬるま湯に浸かっているようで気持ちいい。このまま眠ってしまいそうだ。



すっかり手を止めたシズネはまどろんだ意識の中で膝の上でゲンマが寝返りを打ったのが分かった。
ゴロンと寝返りを打ったゲンマの瞳がシズネを見据える。



「…俺はこんな感じで終わりを迎えたい」



眠たげなゲンマの声音。
それでも語る瞳に嘘は欠片もない。


シズネの目元が和らぎ口端が持ち上がって笑みを形作る。



「それでも私はやっぱり綱手様の隣にいます」



揺ぎ無い言葉の強さにシズネの五代目に対する想いが伝わる。
そんなのを見せられてはゲンマにはもう何もいえない。


「こんな時くらい嘘ついても罰当たんねぇぞ…」


そう言うとシズネは眉を垂れ下げて困ったような笑みを浮かべるだけだった。




窓の外からはいつの間にか子どもの声も小鳥の囀りも聞こえなくなり
ただ窓から射し込む暖かな光が惜しみなく二人に降り注いでいた。