「おい……それ彼岸花か?」
「見れば分かるでしょう?彼岸花以外の何に見えるのよ」


シズネが手折っているのはどこからどう見ても彼岸花だ。
これを好き好んで手折るやつは早々いないと思っていたが…目の前のヤツは違うらしい。
女は特に曼珠沙華を好き好んだりはしないものだ。


「こ、これは!彼岸花には毒があるから…そこから新しい毒物の研究を…」


俺の言わんとしていた事を察したらしいシズネはもごもごと口ごもりながらも彼岸花を手折る作業を止めはしない。
次から次へと毒々しいほどの赤がシズネの手に増えていく。


「やっぱり赤いのばかりだけど、たまに白いのもあって綺麗よね」
「綺麗…ね。普通、こう言うのは不吉なもんじゃねぇの?」
「だって綺麗なものは綺麗じゃない?」
「まぁそれもそうか…」



目の前に広がるのは一面真っ赤に燃えつくすほどの赤。
土手沿いに咲き誇る彼岸花の数々、数、数。
数え切れないくらい豪華絢爛に赤々と燃えるように咲き誇っている。
余りの数に目を細めてそれを見やる。



シズネの着物の黒色と相まって余計その赤を際立たせ、目に痛い。
それは…死の色だ。



勿論思ったことをそのまま口にするような馬鹿でも無いので
心の中に押し留めたが、どうやら摘み終わったシズネが腰を上げて歩いてくる。



周りはもう夕暮れ時だ。
赤とんぼが悠々と飛び、カラスの鳴き声が聞こえる。
完全に日が落ちるまで後数時間と言ったところだ。
彼岸花の赤に加えて夕陽までもが辺りを赤く染め上げた。
こんなにも鮮やかなのに頬を撫でる風はひんやりとしている。


「ゲーンーマー?」


いつのまにか深い所へ思考を飛ばしていたらしい。
シズネが目の前で手を振って不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
何でもないと言って再び歩み始める。



この辺りを埋め尽くすほどの赤に酔ったらしい。



歩いていると後ろを歩いていたシズネが隣に並び何かを差し出す。
差し出してきたものは一本の白い彼岸花。

「一つだけ白いの咲いてたの。ゲンマにあげるわ」


赤に慣れてしまった目にはその色は眩しかった。
暗くなりかけた今、この時に何故かその白い彼岸花はシズネの姿に重なって見えた。


「サンキュ…つっても縁起でもねぇな…」
「食べちゃダメだからね。それから火事にもならないんだから」
「オッケー、オッケー…了解」



「…それから…花言葉調べるのも禁止!」



「…は?」



「分からなかったら良いの!ほら早く帰らないと真っ暗になっちゃうわ」







彼岸花の花言葉を知るのはもう少しあとの話。




「想うはあなた一人」